著者 : 鈴鹿大学講師 高見啓一

今日も検太郎はクライアント企業である部材卸売業者を訪問している。経営分析と経営企画を主となって進めている担当者の高城氏は簿記検定の有資格者であるが、頑固な部長さんとの衝突が絶えないようだ。会議後の昼食タイムには、検太郎のもとに悩みを抱えた若手部員たちが集まるのであった。

倉本 「高城君、今日も部長と衝突してたね~。商材の見直しの提案だったっけ。」
高城 「そうなんだよ。部長は何が何でも、あの旧商材を変える気はないらしくて、なんでこだわっているのか、気になっちゃって。こっちは衝突しているつもりなくって『どうしてですか?』って聞いているだけなんだけどね。」
倉本 「部長が最終責任なんだし、気にしなくていいんじゃないの。」
高城 「でもさ、こっちの新商材の方がスペックは同じなのに、原価が安いんだよ。どうも昔からの付き合いとか、慣れとか、そういうことなんだろうけど、部長は納得のいく説明をしてくれないんだよな。先生はどう思いますか?」
検太郎 「納得のいく説明かぁ・・・難しいですよね~。講師をやっているときもその辺は思います。そういえば高城さんは、簿記の有資格者でしたよね。簿記の勉強のときも、分からないことは納得するまで勉強していたタイプですか?」
高城 「そうなんです。分からないことは気になって夜も眠れなくなっちゃうので。」
倉本 「すごいな。」
高城 「簿記といえば、いまだになんで仕訳の左側が「借方」で右側が「貸方」なのか、気になって仕方がないんです。右側は負債だから借りてるじゃないですか・・・。どうしても「なんで?」が気になっちゃうんですよ。」
倉本 「高城君のそういうとこ、感心するよ。ちょっと引いちゃうけど(笑)」
検太郎 「探求心がすごいんですね。学者向きというかなんというか・・・。」
高城 「納得いかないことは、納得いくまで議論したいんです。」
倉本 「たしかに・・・高城君そういうとこあるよね。」
検太郎  「そして、相変わらず部長さんと衝突してしまう・・・と。」
高城 「はい・・・。本当にすみません。」
検太郎 「いえいえ。高城さんのいいところだと思いますよ。探求心が旺盛というか。」
高城 「探求心・・・そうかもしれませんね。」
検太郎 「でもね、探求心はない方がいいときもありますよ。僕は検定講師の仕事をしているから、あえて学生には探求心は持たないように勧めることも多いです。」
高城 「え?そうなんですか?」
倉本 「普通は学生に探求心を持たせるのが教師だと思うけど。」
検太郎 「もちろん学術研究の講義は別ですよ。とはいえ「締切」はあるわけですから、探求心はそこそこにしておかないと終わりません。特に検定試験対策は、点数にならないところをどんだけ気にしても点数は伸びませんからね。」
高城 「あ~。それ僕のパターンだ・・・。」
検太郎 「簿記の勉強の1日目に出てくる「借方と貸方」。ここが気になったら先に進めません。とりあえず「借方は左」と「貸方は右」と覚えておけばいいだけなんですけどね。真面目な人ほど考えちゃう。実はそういう人ほど試験に受かりにくいんです。」
高城 「たしかに。そんなことやっていると、他の人より理解のスピード落ちるんですよね。」
検太郎 「上司の話もそうかもしれませんね。とりあえず上の人の話は正しいものだという前提で、ひとまず受け止めたらどうでしょうか?後日間違っていることが分かったら、また修正したらいいんです。」
高城 「でも、気になっちゃうんですよね。」
検太郎 「それは高城さんのすごくいいところだと思いますよ。よかったら、「気になったことリスト」にでも書いておいたらどうですか?私もアイデアなどが浮かんだときはパソコンに入れるようにしていますが、これは時間があるときだけ開いて深めてみたらいいんです。」
高城 「気になったことリスト、いいですね。僕の場合は「王様の耳はロバの耳」の穴だと思って、毎日書いていくようにします(笑)」
検太郎 「まさに「面従腹背」ですね!いい心がけです。」
倉本 「高城君、真面目だなあ。ところで、なんで借方・貸方って言うんですか?僕はこの言葉見た途端、めんどくさそうと思って簿記は取っていません。」
検太郎 「僕もよく知りません(笑)最初に複式簿記を考案した人、イタリア人だったかな・・・がそう解説しているらしいんです。あまり気にする必要はないかもしれませんね。そういえば「右翼と左翼」って言い方も、フランス革命後の議会の左右に、革新・保守それぞれの立場の人が座っていたからそう呼ぶようになっただけらしいですし。」
高城 「そっか。僕はちょっと探求心が出過ぎちゃいましたね。きっと部長もウザかっただろうなぁ。」
倉本 「僕は逆にあまり考えない方だから、少しは高城君のこと見習わなきゃな。」
検太郎  「倉本さんは受かりやすいかもしれませんね。探求心も『そこそこ』にしておくのが大事ですよ。もちろん、基礎ができてきたら探求したらいいんですし。さて、今日もカレーを食べるぞ。モグモグ・・・ん?ここのカレー、前と味が変わった?」
倉本 「え?そうですかね?カレーなんておなかに入れば一緒じゃないですか。」
検太郎 「いや。ぜったい隠し味が変わったはず。」
高城 「隠し味・・・?そんなの気にしたことなかったですよ。」
検太郎 「気になる。食堂のシェフに聞いてこよ。(ガタッ)」
高城 「そこは探求心旺盛なんですね。」