著者 : 鈴鹿大学講師 高見啓一

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今日の検太郎はコンサルティング先の飲食店に来ている。ここの居酒屋は、大手企業のキャリアウーマンだった加菜さんが、夢の実現のために脱サラして始めた小さなお店である。脱サラ前に、検太郎の起業セミナーを受講したことをきっかけに、検太郎が何かと世話を焼いているのである。

加菜 「先生、このあいだはありがとうね。小規模事業者持続化補助金(※)のアドバイスもらえて助かりました。3周年を迎える前に、トイレや備品もちゃんと整備できたから、オシャレなお店になりそう。」
(※)小規模事業者持続化補助金:小規模事業者が、商工会議所・商工会と一体となって、販路開拓に取り組む費用の2/3を、50万円を上限に補助するしくみ。
検太郎  「いえいえ。それはよかったです。」
加菜 「ところで、人事の相談に乗っていただけますか。事業拡大を目指してアルバイトさんを雇いたいと思っているんですけど・・・。」
検太郎 「そうですか。たしかに、ずっと加菜さん一人ってわけにはいかないですもんね。」
加菜 「そうなんですよ。ぜひ誰かいい人ご紹介いただけないかしら?」
検太郎 「あれ?たしか2周年のとき、アルバイトさん雇ってなかったでしたっけ?」
加菜 「そうなんですよ。アルバイトの子に、2周年イベントの切り盛りを全部任せてみたんだけど、上手にできなくって・・・普通に段取りを組んで、景品をそろえて、何時いつまでにこれをして・・・とか、普通に一人で出来ると思ったんだけど、できなくって・・・。」
検太郎  「あー。そうなんですか。」
加菜 「普段の仕事もそんな感じで・・・私の指示も忘れちゃうし、その子にずっとついている訳にもいかないから、試用期間で辞めてもらったんですよ。」
検太郎 「そうですか。大変ですね。」
加菜 「イベントの段取りくらい、『ちょちょい』っとできると思ったんだけどな。」
検太郎 「あ、それは無理ですよ~(笑)社長さんみたいにはいきませんよ。」
加菜 「え?そうなの?」
検太郎 「ちょっと考えてみてください。ほら、ここの商店街の会合とかイベントだって、いつも引っ張っているのは加菜さんでしょ?」
加菜 「そうですね。」
検太郎 「他のお店の人って、加菜さんや一部の人が出してきた提案に意見するだけじゃないですか?」
加菜 「あ、たしかに。言われてみれば。私と一部の若手経営者がたたき台作って、イベントしてるかも。」
検太郎 「それって特殊能力ですよ。「段取り」を組んで1から10まで動ける人なんてそうそういないんですよ。もっと言えば、何をメモしなければいけないかということも、ゴールが見えているからできることです。」
加菜 「あー、たしかにそうだ。」
検太郎 「人を雇う経験をして、そのあたりのことが分かってよかったじゃないですか。」
加菜 「うん・・・そうは言っても、やはり誰かいないかな~。」
検太郎 「ちょっと路線は違うかもしれませんが、よかったら僕が講師している大学の学生を紹介しましょうか?」
加菜 「簿記の授業でしたっけ?うちは、経理のほとんどを税理士さんに任せているし、そんなに活躍してもらえる機会は少ないと思うけど、いいんですか?」
検太郎 「ええ、なにごとも社会経験ですから。それに、簿記を学んでいる子ってけっこう使えるんですよ。」

数か月後、検太郎はふらりと加菜さんのお店に飲みにきたところ、学生も頑張って働いているようだ。ちょっと酔い気味の検太郎に、加菜さんが上機嫌で語る。

加菜 「先生に紹介してもらった子、よくやってくれていますよ。3周年もうまくいきました。」
検太郎  「そうですか。それはよかったです(ヒック)。」
加菜 「経理はもちろん、こまごまとしたこともやってくれるし、何よりもイベントを任せてもちゃんとできるんですよ。指示されたことも、ちゃんとメモに取りますし。」
検太郎 「実は簿記で勉強する内容は、財務諸表というゴールに向けて段取りが重要になる作業なんですよ。決算に何が求められているか、表を作るためにどんな情報が必要か、何をメモしなければならないか、全体像が見えていないと解けない試験です。」
加菜 「そうなのね。「簿記イコール経理」ってイメージだったけど、たしかにお店全体の動きやゴールが見えている子なら、イベントとかをやらせても要領はわかるよね。私も人生のゴールに向けて段取り組まなきゃ。あ、そっちもいい人いないかな?」
検太郎 「人生かぁ。そりゃ仕事と違って、ゴールどころか、入口もよく分からんよね~。俺のゴールはビールもう1杯・・・むにゃむにゃ・・・。」
加菜 「もう!先生眠そう。ちゃんと自宅というゴールにはたどり着かなきゃダメよ。」