著者 : 鈴鹿大学講師 高見啓一

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今日も検太郎はコンサル先の中堅商社に来ている。新たなプロジェクトの会議にアドバイザーとして参加するためである。プロジェクトの長期戦略やら、利益率やら、いちおうコンサルタントっぽい立ち振る舞い(?)で、会議はなんなくこなし、お楽しみの昼食タイムである。大学時代の教え子の雨宮君をはじめとする営業チームの新人社員らと、仕事とは全く関係ない話を語らいながら、評判のA定食を食べる検太郎であった。

雨宮 「本当に検太郎先生は仕事が終わると、一気に普通の人になっちゃいますよね。」
検太郎  「真面目モードは、日商簿記3級の試験時間と同じく2時間が限度なんだよなー。」
雨宮 「先生のそういうところ、いいですよね。営業部の若手チームは、仕事できるメンバーが多いせいか、会議がギスギスするときもあるし。あ、彼女以外はね・・・。」

 

雨宮君が目をやったのは、営業部の女性新入社員である葛城さんである。彼女はB定食を持って検太郎らの座席に歩いてきた。

葛城 「先ほどはどうも・・・。」
検太郎  「B定食はデザート付きなんですね。このプリン、俺の好きな秋葉原のアイドルがCM出てるやつだ。俺も今度はB定にしよ。握手券付きの『K定食』はないのかな。」
雨宮 「AとBはありますが、Kはないです。先生は本当に秋葉原のグループ好きですよね。」
検太郎  「そうなんだよー。一生懸命頑張っている感じが好きなんだよ。こんど握手会行くんだ♪このグループのリーダーの子の決め台詞知ってる?」
雨宮 「知ってますよ。『努力は報われる!必ずや!』でしょ。有名ですよね。」
検太郎  「そうそう。ライブの最中に『努力は報われる!必ずや!』って言って、グループメンバーや観客を鼓舞してくれるんだ。これが泣けるんだよなー。」

 

ここで突然、葛城さんが話の流れを断ち切るように言った。

葛城 「そんなわけない!」
雨宮 「どうしたの、葛城さん急に?」
葛城 「私だって入社以来、毎日努力して、仕事がんばってます。けど、全然評価されません。実際、今のプロジェクトでも仕事干されているの、雨宮さん知ってるでしょ?他の新人は企画やプレゼンも任されるけど、私はいまだに雑用しかさせてもらってない!」
検太郎  「あらら。病んでますねー。」
葛城 「私、昔からそうなんです。一生懸命頑張っても、周りの人が出来すぎていたり、周囲の環境のせいで評価されない。努力が報われることなんてないんですよ!」
雨宮 「け、検太郎先生、フォローしてやってください(苦笑)」
検太郎  「葛城さんの言うとおりだと思いますよ。仕事ってそういうもんです。」
雨宮 「いやいやいや、そこは『そんなことないよ』でしょ。もう!」
葛城 「ほらね。努力が報われるものなんて、ないんですよ。仕事はいくら自分が努力したって、『最後は周りの環境次第』なんですから。だから私は自分に自信がないんです。」
検太郎  「そうですね。仕事は努力しても報われないのが当たり前!葛城さんの言うとおり!でも、そう言ってしまうと救いがないか・・・検定試験ぐらいは当てはまるかもなぁ。」
葛城 「検定試験?私そういうの受けたことないです。」
検太郎  「試験勉強は、周りの環境がいくら良くっても『最後は自分の勉強次第』ですし。」
葛城 「たしかに仕事と真逆ですね。でも、資格を取ったとしても職場で認められるとは限らないでしょ?」
検太郎  「それも正しいご指摘です。全く評価されない環境にいても『有資格者』にはなれますが、周囲の環境はすぐには変わりません(笑)」
葛城 「私にとって今の職場はものすごく辛いんです。認めてくれる人が誰もいないです。(クスン)」
雨宮 「あーあ。先生、葛城さん泣いちゃいましたよ。」
検太郎  「認めてくれる存在が欲しいんですね。ご自身は自分自身のことを認めていますか?」
葛城 「・・・!」
検太郎  「『努力が報われる経験』っていいものですよ。仕事ではなかなか得られないからこそね。」

 

その後、葛城さんは、簿記の検定試験を受験してみることにした。仕事が干されていた分、定時帰りで、試験勉強に費やせる時間はいっぱいあったからだ。

雨宮 「葛城さん、最近愚痴を言わなくなりました。試験勉強があるせいか、余計なことを考える暇がないのと、模擬試験の結果がよかったらしくて。」
検太郎  「『自信』って『自分を信じる』と書くもんな。誰に賞賛されなくても、周りの環境を気にせず、自分自身の『努力』が結果に結びつく経験ができれば、自分の『心』は必ず報われる。資格の勉強を通じて、心をミドルに安定できているなら、それでいいんじゃない?今度、秋葉原のライブに一緒に行こうって誘っておいて」