著者 : 鈴鹿大学講師 高見啓一

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今日の検太郎のクライアント企業は、製造業向けの部材卸売業である。この企業から検太郎は、財務を中心とした部門別の経営分析を任されており、今日はその報告と方向性のアドバイスをする予定である。担当者の高城氏も簿記検定の有資格者であり、財務分析のプロジェクトはスムーズに進んでいるようだが、オフィスでは大きな声が響いている。

部長 「お前、こんなこともできないのか!」
検太郎  「高城さんこんにちは。あらら。声を荒らげていらっしゃる方がいますね。」
高城 「ひどいでしょ。あれが、うちの直属の上司なんです。営業畑一筋30年のベテランなんですが、パワハラがひどいでしょ。問題になっているんですよ。」

 

部下を思う存分怒鳴り散らした部長の手が空いたところで、高城氏は検太郎を伴って部長のデスクへと報告に行くのであった。

高城 「部長、今度の経営分析をお願いしている中小企業診断士の先生です。うちのセクションの財務分析をしてもらったところ、在庫数量が昨年度よりも増えたことにより、棚卸資産回転率が大幅に悪化し、当座比率も低下しているようです。」
検太郎  「はじめまして。このたび社長さんからの依頼で、各部門の財務分析のお手伝いをさせていただいております。こちらの改善方法としては、同業他社と比較して過多となっている在庫の削減などが挙げられますね。詳しくは報告書をご覧ください。」
部長 「ふん。その意見は受け入れられないね。この商品はなぁ、時期が来たら売れるんだよ。」
高城 「え、しかし、財務的に見てどう見てもまずいと思うのですが・・・」
部長 「財務分析だか何だか知らないけど、俺の時代は現場の経験則でやったもんだ。」
検太郎  「いやー手厳しいですねー。部長さんは、この道30年のベテランさんだとか。私なんか、まさに現場を知らない机上の空論かもしれませんね。アハハ(^^)」
部長 「そう。仕事は『目で見て盗め』って上からも言われたもんだ。あんたの資格がどんだけ難しいかは知らないけど、しょせんは教科書どおりの知識だろ?マニュアルに頼る奴に使える奴はいない。サービス残業をどれだけしたかで、出世は決まるんだよ。」
検太郎  「なるほど。経験に裏打ちされた貴重なアドバイスありがとうございます。最終的な責任を負っておられる部長様のご判断が最も重要ですので、報告書はあくまでも検討のご参考にしていただけたらということで・・・今日はありがとうございました(^^)」

 

気持ちがスッキリしない高城氏は、食堂で昼食を共にしながら、検太郎に心情を吐露するのであった。

高城 「検太郎先生、すみません。あの人、部下の意見を全然聞かないどころか、自分の意見に合わない人に意地悪するんです。まさか、社長が懇意にしている経営分野の有資格者にもあんな暴言吐くなんて・・・法律分野で弁護士に喧嘩売るようなものなのに。」
検太郎  「どこの会社にもいますよ、そういう人。かわいそうにね・・・。」
高城 「でしょ。同僚はみんなあの人に苦労させられています。」
検太郎  「いや、あの部長さんがかわいそうだなって思って(笑)」
高城 「えっ、そっち?(苦笑)先生はよく反論せず我慢できますね。あんなに暴言吐かれて。」
検太郎  「本当にかわいそうですよ。資格を持っている皆さんが、持ってない彼に合わせてあげている。そこに気づけず、そのまま人生終えちゃう彼がかわいそう。」
高城 「先生、心が広いですね。」
検太郎 「いや、むしろ狭いですよ。ある意味『面従腹背』しているわけですからね~。」
高城 「そうなんですか?」
検太郎  「部長さんのお話は、理論的に問題があるのは確かですし、高城さんも簿記の有資格者なのだから、財務面での正解を「腹」に持った上で彼の意見を聞いてあげればいい。問題児はケアの対象であって、攻撃の対象ではないです。」
高城 「でも、間違ったことを言っているのは我慢できません。」
検太郎  「たしかにね。でも、それを部長さんに対して意思表示するかどうかは別の問題ですよ。そもそも、客観的に最終責任を負っているのは部長さんなんですし。」
高城 「『面従腹背』って悪い言葉だと思ったけど、腹に一貫したものがあるからこそできるんですね。部長の態度を見ていて、私もちゃんと簿記の勉強しなきゃって思いました。」
検太郎  「いい反面教師にしたらいいんじゃないですか?あ、もちろん行き過ぎた労働問題があれば、労働相談も社会保険労務士の知識で対応できますし、社長にも問題提起しておきますから、おっしゃってくださいね。」
高城 「たしかに(笑)なんだか気持ちが楽になりました。」

 

数年後、この部長はまだ会社内で居座っている。しかし、彼の部下はなぜかみな検定試験に合格していくのであった。優秀な反面教師であるとともに、優秀な問題児である。