著者 : 鈴鹿大学講師 高見啓一

今日検太郎が来ているのは、検太郎がコンサルティングしている顧問先の中堅商社である。ここでは、主に販路拡大と財務面のコンサルティングということで、毎月営業部の会議に同席している。
優秀な営業マンも多いことから、売上も年々上がっており、ゆるやかな雰囲気で今月の会議は終わった。コンサル先の社員食堂のご飯を食べ比べるのが趣味である検太郎は、さっそく昼ごはんへと向かう。(ここのカレー美味しいんだよなぁ♪)
「先生、昼食ご一緒させてもらってもいいですか?」
検太郎が食券を買おうとした矢先に、声をかけてきたのは営業部3年目の星野君だ。

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星野 「先生、うちの営業に配属になった新入社員の雨宮君って先生の教え子らしいですね。」
検太郎  「ええ。でも日商簿記の検定対策教えただけですよ。彼、頑張ってますか?」
星野 「めっちゃ優秀ですよ。たぶん新人の中でも1番の営業成績を上げてると思いますよ。」
検太郎  「それは嬉しいな。身体だけには気をつけるように言ってやってください。」
星野 「たぶん彼は要領もいいから大丈夫ですよ。あんまり残業もしていないみたいだし。」
検太郎  「そうですか。彼は検定試験でもチャッチャと問題解くの得意でしたからね。」
星野 「それにひきかえ・・・俺はどうも残業が続いてしまって、要領悪いんですよね。先生は要領よさそう。なんか人生を要領よく生きてる感じ・・・。」
検太郎  「えっ、そ・・・そうですかね(苦笑)まあ、仕事はどんどんこなしていかないと。」
星野 「そこなんですよ。俺、『こなす』ってのがどうも苦手で。一つの仕事に没頭してしまうところがあって、なかなか営業成績が上がらないんですよ。」
検太郎  「でも、いいことだと思いますよ。それも星野さんらしくていいじゃないですか。」
星野 「俺、昔から『100点満点を取れ』って、親に教育されてきたんです。だから、仕事の手を抜くのは嫌なんですよ。」
検太郎  「素晴らしいですね。きっとお客さんの信頼もついてきますよ。」
星野 「でもね、先生。雨宮は5つの営業先のプロジェクトをこなしているんですよ。よく5つも同時にできるなと。俺は1つ2つの営業先で手一杯なのに。」
検太郎  「5つ同時かー。実は日商簿記検定試験も3級と2級は『5問形式』なんですよね。」
星野 「たしか、合格点は70点でしたっけ?」
検太郎  「そうそう。『とりあえず合格点の70点とれりゃいいんだから、点数の取れそうな内容を先に終わらせとけ。』って教えたっけ。雨宮は最初ブーブー言ってたけど。」
星野 「『70点をねらう勉強なんて勉強じゃない』とか?それは俺も思うかも・・・。」
検太郎  「あの雨宮も今では、仕事の軽重をうまくつけるようになってるんじゃないかな。」
星野 「仕事の軽重か・・・俺にはなかった考え方だなあ。」

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1ヵ月後。雨宮君の仕事ぶりを注意深く観察した星野君は、再び検太郎を社員食堂でつかまえてこう話す。

星野 「このあいだ初めて雨宮とサシで飲んだんですよ。聞いてみたら、やっぱり営業先によってはそこそこ軽く流して仕事しているみたいでした。」
検太郎  「そうですか。あいつもズルくなったなあ(笑)まあ、仕事を全部100%でやるなんて誰だって無理ですよ。簿記検定でいえば、合格点は70点なんだから『合格点』を取れる仕事をすればいい。」
星野 「俺の働き方は、5問全部20点満点を取ろうとしすぎたのかな・・・。先生、なんでそういう大事なことを、営業部会議のときに教えてくれなかったんですか(笑)」
検太郎  「だって、星野さん個人のコンサルティングまでやってられませんもん。社長さんの相談なら、100点満点中50点くらいに影響するから、ちゃんと聞きますけどね。」
星野 「そう言うと思いました。でも、そういうことなんですね。俺ら社員の愚痴をひとつひとつ真剣に聞いてたら疲れちゃいますもんね。」
検太郎  「100点満点の仕事をし続けるのは誰だって辛いですよ。たしかにそういうものが求められるエリートもいるけど、俺はそんな生き方はイヤだなー。70点よりちょっと上のミドルな成績を取って合格って言われるくらいでいいんじゃないですかね。」
星野 「それが長続きするコツなんですね。なんだか気持ちが楽になりました。俺も検定受けてみようかな。」

 

星野君はさっそく簿記検定の受験対策を始めたそうだ。夜の勉強時間を確保するため、残業をしないよう、仕事を早めに切り上げるようになった。結果として仕事の要領のよさにはつながったようだが、それでも、「仕事も検定も」手を抜かない星野君は、検定の勉強を深夜までやっているそうだ。これも個性である。