簿記の力でミャンマーの国づくりを応援したい

簿記の知識で複雑な取引にも対応

-会計士の仕事をするうえで、簿記はどのような時に役立ちますか。

大学生の時に簿記を勉強しました。初めのうちは、「これは借方」「こちらは貸方」と仕訳を繰り返しながら、「なぜ、こんなことをやるんだろう」と思っていました(笑)。でも、30年以上、会計の仕事に携わって痛感するのは、その時の「繰り返し」が今の仕事の基礎になっている、ということです。

例えば、企業の経営状況を確認する時に、複雑な取引や新しい取引が出てくることがあります。そのような時は、まず仕訳をすることによって、それがどのようなビジネスなのかがわかります。

「財務諸表を読むためなら簿記の勉強は要らない」という意見があります。資料を読むだけならそうかもしれません。でも、私の経験から言えることは、簿記の知識がないと取引の実態はわからず、「本当にその会計処理は正しいか」はわかりません。

会計分野の人材育成が必要

-藤井さんは現在、日本など各国からミャンマーに進出している企業を会計の面から支援なさっています。進出企業はどのような課題を抱えていますか。

ミャンマーは、政治体制が変わった2011年以降、日本をはじめ各国企業による注目度が高まりました。私が勤務する会計事務所も、2012年にミャンマーの事務所を再開しています。

それ以前は、長く続いた社会主義体制の影響で、経済活動で利益を産むという概念がありませんでした。2011年以降、民間企業が続々と誕生し、会計業務の必要性も高まってきたのですが、ある期間の企業の成績を表す損益計算書や、資産や負債の状況を表す貸借対照表など、決算の書類は未だに十分に整備されていません。

企業が決算書類を作成するのは、それが税額算出の基準になったり、銀行の融資を受けるために必要だからです。ところがミャンマーでは、売上から収益額を「みなし」で算出して課税し、銀行はもっぱら不動産担保によって融資をします。
会計は、実務があってはじめて必要とされるのですが、現状は実務がなく、企業にとっては、決算書類を整備しようとする動機がありません。

そのため、会計の仕事はもっぱら現金の動きの記録にとどまっており、「在庫商品の増減があっても現金取引でなければ記録しない」「固定資産の減価償却の考え方がない」といった問題があります。でも、これでは会社の経営実態は表せません。

-こうした状況を改善するためには何が必要でしょうか。。

一つの方法は日本の簿記教育をミャンマーに広めることです。現在も簿記教育はありますが、試験に合格するための技術にかたよっています。資格を持っていても、実際の取引を仕訳し、損益計算書や貸借対照表を作成できる人材は限られています。その点、日商簿記は、試験に合格するだけではなく、決算書類を作成する手続きと考え方を習得させる点が素晴らしい。

ミャンマーでは、学生も社会人も、授業や仕事の前後に自費で学校に通い、簿記や会計をはじめ、様々な分野の勉強をしている人が大勢います。勉強熱心なお国柄ですから、日商簿記の教育が広まれば、きっと、企業の実務に役立つ力を持った人材が育つと思います。

反復練習は将来のため

-簿記を勉強している方々にメッセージをお願いします。

簿記は「仕訳の反復練習ばかりでつまらない」と感じるかもしれませんが、決してそうではありません。
会計はビジネスの基礎であり、すべてのビジネスにおいて会計データが必要です。こうしたデータを作成、検証する人材も必ず必要であり、そうした人材にとって、簿記の勉強は極めて重要です。

大切なことは「考え方を身に付けること」であり、そのためには地道なトレーニングが欠かせません。いったん考え方を身に付ければ、新しい仕事や、複雑なビジネスに携わる時でも、仕訳を通して必ずその内容を理解し、決算書に反映させることができます。これは日本でも海外でも同じです。
簿記はあらゆるビジネスの原点であって、いましている勉強は、将来、必ず役に立ちますから、頑張ってください。

Profile

藤井 康秀 Fuji Yasuhide
1957年、佐賀県生まれ。KPMG Advisory (Myanmar) Ltd.事務所長
早稲田大学商学部卒業後、1983年、アーサーアンダーセン入所(現KPMGあずさ監査法人)。日本国内において、会計監査を経験後、1990年よりシンガポール事務所、1992年よりクアラルンプール事務所に勤務。現地の日系企業に対する投資、会計・税務、法務に関わるコンサルティングに従事。1997年より日本国内での企業買収・合併に係る調査ならびに評価の実務に従事した後、2001年よりバンコク事務所に赴任。現在は、日系企業サービスネットワークのASEAN地域統括パートナー。2012年より、ミャンマー事務所開設に伴い、同事務所長を兼務。