簿記は入口に過ぎない!ビジネスを面白くする会計リテラシー

挫折から見つけた、自分らしい会計との向き合い方
- まずは田中さんの現在の活動や、これまでのキャリアについて教えていただけますか。
長年構えていた日本橋の事務所を引き払い、現在は特定の拠点を持たずに全国や海外を巡りながら仕事をする「遊歴会計士」として活動しています。主な仕事は執筆と講師、コンサルティングです。
私の会計士としてのキャリアは大学3年で簿記の学習を入口にスタートし、大学を卒業した年に公認会計士試験に合格しました。通常であれば監査法人に就職するケースが多いと思いますが、私の場合はすぐに監査法人には進みませんでした。代わりに、受験生時代に通っていた専門学校からスカウトを受け、いきなり講師として教壇に立つことになりました。
合格発表の少し前から講師を始めて約2年間、受講生の前で「話す」、そして教材やテキストを「書く」というトレーニングを徹底的に行いました。人前に出ることや話すことが実は苦手だった私にとって、この「書いて話す」基礎を叩き込まれた経験こそが、会計士という資格以上に私のキャリアの原点になっています。
- その後は、どのような経緯で独立されることになったのですか。
講師を2年務めた後、外資系コンサルティング会社に入社し、国際税務の実務に携わりました。ただ、ここで大きな挫折を味わうことになります。
私は「計算作業」や細かい税法の解釈といった実務が驚くほど性に合いませんでした。ミスも多く、やる気も空回りしてしまい、完全な劣等生でした。過労とストレスで何度も入院することになり、悪循環に陥ってしまい、組織を離れざるを得なくなりました。
ただ、「自分は会計そのものが嫌いなのではなく、細かい計算作業や実務手続き(各論)が向いていなかっただけなんだ」と気づきました。専門学校の素晴らしい先生に教わった会計の仕組みや全体像、理論(総論)は大好きでした。それなら、実務ではなく「教える・伝える」という原点に戻ろうと腹をくくり、そこから再びフリーランスとして講師や執筆の道を歩んでいくことになりました。
会計・簿記は「個人として生きるための武器」
- 公認会計士や簿記といった「資格・知識」を得たことのメリットはなにかありますか。
私が大学3年生だった当時は、ちょうどバブル期に入る直前で、日本全体が活気に満ち溢れていました。私は会計学のゼミに入っていたので、周りの同期たちは当時人気絶頂だったメガバンクや大手証券会社、保険会社などの金融機関へどんどん就職を決めていきました。
しかし、私自身は就職活動にどうしても乗り気になれませんでした。それどころか、「これまで一番人気だった業界の好景気がずっと続いたことなんてない。1位になったところは必ず落ちていくんだ」という、ちょっと生意気な考えを持っていました。
ただ、当時の私に「次に何がブームとして来るのか」「将来どう生きればいいのか」という明確な答えがあったわけではありません。「次に何が来るかは分からないけれど、どんな道に進んだとしても絶対に役立つ自分自身の武器が欲しい」と考えたときに目に入ったのが公認会計士という資格でした。
資格取得の過程で学んだ、会計・簿記、財務諸表論などは私の基礎になっていると強く感じています。もちろん、一番時間を割いたというのもありますが。また、商法や経済学、経営学といった知識は、金利や為替が変動する現代社会において、企業の動向を正しく理解するうえで非常に役立っています。
500年前のイタリアから現代へ―『会計の世界史』執筆の思いと読者からの反響
- 2018年に出版され、重版となっている『会計の世界史』ですが、どのような思いで執筆されたのでしょうか。
「簿記=会計」ではないということを伝えたい、という思いから執筆を始めました。もちろん、簿記は会計の中で非常に重要な一分野であり、簿記があったからこそ会計が発展してきたという事実があります。
ただ、AIが登場した21世紀に簿記だけの学習に留まってほしくないという思いがありました。また、時代とともに会計分野の重心が変化している中で、時系列で会計の歴史を紹介することでその変遷が伝わりやすいと考えて、簿記から始まる500年史を書きました。
陽気な人が多いイメージのあるイタリアでなぜ簿記が生まれたのか、そこからどのような流れで世界に広がっていったのかという「物語」を作りたいという思いもありました。
今でも感心することは、500年経った現在でも、当時イタリアで生まれた簿記の基本形はほとんど変わっていないということです。ITが進歩した現代において一番取って代わられそうな分野でありながら、全く変わっていないのは、いかにシンプルかつ優れているかという証明だと思います。
- 出版から数年が経過して、読者からどのような反応がありましたか。
個人的に驚いたこととして2つあります。
まず1つ目は、さまざまな企業のCFOや経理部長の皆さんからの反応です。「実際に社内や部内で本を回し読みしてもらった」というお話をよく伺います。皆さん共通しておっしゃるのが、この本が経理部の方々のキャリアの方向性を示し、モチベーション向上に貢献したということです。
簿記からスタートし、財務諸表を読み、管理会計やファイナンスができるようになっていくプロセスを分かりやすく紹介する「キャリアの教科書」として機能しているらしいのです。私自身にそんな大層な意図はありませんでしたが、非常に嬉しい想定外の使われ方でした。
2つ目は、日本以外の国や地域の読者からの反応です。主に韓国・中国・台湾やヨーロッパの読者が、直接私の連絡先に感想や質問を送ってくださいます。彼らに共通しているのは「簿記への苦手意識」です。簿記に対する苦手意識や挫折感は日本だけでなく、世界共通だと知ったのは興味深い発見でした。
今でも多くの国や地域で会計の入口は「簿記」になっており、その教え方やアプローチが
影響しているのではないかと思います。もちろん簿記からスタートして会計を好きになってくれる方がいる一方で、苦手意識から会計全般から離れてしまう方もいます。そのため、会計をどのように学ぶべきかは今後の大きな課題だと感じています。
そうした方には、この本のように「昔々、あるところに……」という物語から会計の歴史や流れを学び、会計の世界に再び興味・関心を持ってもらえたら嬉しいですね。
「専門性」と「教養」―自分に合った会計の学び方を選ぼう
- 最後に、現在日商簿記を学ばれている方々や、これから社会へ出る若い世代に向けて、田中さんからエールをお願いします。
私自身が仕事の中で体験してきたことですが、会計には2つの種類があると思います。
「技術(専門性・スキル)としての会計」と「知識(一般性・リテラシー)としての会計」です。
前者は公認会計士や税理士のように専門知識を駆使し、会計オタクの領域まで突き詰めるプロフェッショナルです。後者は「数字に強いビジネスパーソン」であり、多様な仕事や生活の中で一般教養としての会計を活かせる人々です。
プロを目指す前者の方々には、日商簿記3級から1級、さらには税理士・公認会計士試験へと、どんどん高みを目指して挑戦してほしいと思います。一方、後者の一般のビジネスパーソンを目指す方にとっては、日商簿記初級や日商簿記3級でも十分だと思います。ただし、そこで学びを終わらせるのではなく、ぜひ簿記の先にある様々な会計分野(決算書の読み方やビジネスへの応用など)にも視野を広げて挑戦してほしいです。
『会計の世界史』とは
簿記の誕生。利益の変遷。ファイナンスの進化。15世紀イタリアからイギリス、アメリカ・・・・・・会社の数字を巡る500年の物語。
【本書の内容】
-ダ・ヴィンチと簿記の意外なかかわりとは
-オランダで誕生した「新しい株主」とは
-鉄道会社が「利益」を創りだした理由とは
-バランスシートの読める荒くれ男、その儲けの方法は
-「資本の論理」で追い出された数々の偉人たち
-ビートルズとマイケル・ジャクソンに学ぶバリュー思考 ほか
(日経BOOKPLUSより引用)
Profile

田中 靖浩 Tanaka Yasuhiro 1963年三重県生まれ。公認会計士。大学卒業後、公認会計士合格。専門学校講師、外資系コンサルティング会社を経て独立。現在は作家、公認会計士、企業経営者、経営コンサルタント、講師として幅広く活躍。主な著書に『会計の世界史』『経営がみえる会計』『良い値決め 悪い値決め』(以上、日本経済新聞出版社)、『名画で学ぶ経済の世界史』(マガジンハウス)がある。

