これからは「読み書きプログラミング」

(※)プログラミング:コンピューターを動かすための命令を書くこと。

最新の技術で思いを形に

-どのようなきっかけでプログラミングに関心を持ったのですか。ishidomid2

子どもの頃からコンピューターが身近にある環境で過ごし、大学ではロボット工学を専攻し、その後、アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究所「メディアラボ」に行きました。

メディアラボは、いま日本を含む世界中の子どもたちが、楽しみながらプログラミングをするScratch(スクラッチ)を生んだ研究所です。メディアラボは「デジタルの恩恵を一番受けるのは途上国と子どもたちである」という考え方のもと、子どもとデジタルの関係を総合的に研究しているラボでもありました。そこでの経験を踏まえ、私は、次世代を担う子どもたちが、プログラミングをはじめ新しい技術を活用して創造・表現をする場の普及に取り組んでいます。その一つがNPO法人CANVAS(キャンバス)の設立です。

これから子どもたちが生きていくうえで、スマートフォンやタブレットなどの情報端末なしの生活は考えられません。そうであれば、子どもたちの可能性を広げるため、最新技術のより良い使い方を伝えるのが大人の役割であり、CANVASは産官学の方々と連携してそのことに取組んでいます。ただ、技術はあくまで手段であり、大切なことは、それを活用して何を生み出すかです。これからを生きる子どもたちに必要な力は、世界中の多様な価値観の人と協働して新しい価値をつくりだす力、コンピューターには代替できない創造力やコミュニケーション力なのです。

デジタル寺子屋を目指して

-なぜプログラミングを学ぶ必要があるのでしょうか。

いま、私たちの身の回りでは、家電、冷蔵庫、台所、交通管理、病院診療システムなどコンピューターがあふれています。コンピューターはあらゆるモノ、分野、環境に溶け込み、定着しています。私たちの生活をコンピューターが支えており、そしてそれらのしくみはプログラミングによって生まれています。その基礎メカニズムを取得することは、国語・算数と同様、これからの時代の基礎教養であり、私たちは「読み書きプログラミング」と言っています。コンピューターに関する原理的な理解があるかないかによって、社会のありとあらゆる場面における対処能力が、大きく変わってくるはずです。

-2020年度から小学校でプログラミング教育が必修化されます。

新しい技術の発明は社会を変化させてきました。いま、AI(人工知能)や、あらゆるものがインターネットにつながるIoT等の技術が牽引する第4次産業革命を迎えようとしています。これは、狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続く第5の文明刷新 「Society5.0」でもあるとされ、産業に留まらず社会・文化・暮らしの全場面に変革をもたらしうるものです。だからこそ全ての人にとって重要な教育問題として議論されるようになりました。社会の構造が大きく変化する中で、私たちは、その変化に立ち向かいながら、情報技術を使いこなし、世界中の多様な価値観の人と協働し、新しい価値を創造する力がいままで以上に必要となります。それがプログラミング教育導入の背景です。
国語を学んだ人がみな作家になるわけではないように、プログラミングが必修になったからといって全員プログラマーになるわけではありません。職業でいえば、情報通信分野だけではなく、農業、漁業、スポーツなどの分野にすすんだとしても、コンピューターと無縁ではいられません。たとえどのような職業についたとしても必要な、普遍的な力だから学ぶ必要があるのです。大切なことは、プログラミング「を」学ぶことではなく、プログラミング「で」学ぶこと。プログラミングを使い、世界中の人たちと協働して、何を創り出すかが重要です。

-寺子屋が理想の学びの場とおっしゃっていますね。

ishimid4かつて寺子屋では、地域で、異なる年齢の子どもたちが、個々人の学習進度に合わせて、社会で役立つ知識を互いに教え合い学び合っていました。そこには、今の時代の教育に求められる要素が含まれています。私たちは、プログラミングをはじめ最新の技術を使って、新しい学びの場、いわば「デジタル寺子屋」の実現を目指しています。デジタルを活用した学びには3つのメリットがあります。新しい価値を創り出す「創造」、先生と生徒や、学校と地域などがつながって学ぶ「共有」、そして、一人ひとりの学習進度に合わせた学びを実現する「効率」です。技術の進展とともに教育も変化してきました。活版印刷の発明は教科書を生み出し、一斉授業という教育手法を確立しました。21世紀、ITやAIは社会が求める人材像を変え、それがまた教育を刷新すると思います。いまの時代に適した学びの環境を構築していきたいです。

まずは始めてみよう

-これからプログラミングを学ぶ人にメッセージをお願いします。

プログラミングは「難しい」というイメージを持っている方もいますが、決してそうではありません。実際、小学生以下の子どもたちが大勢、学んでいるのですから。
変化の激しい時代を生き抜くには、生涯、学び続けることが重要です。それは子どもからシニアまで同じです。「何から始めたらいいかわからない」という声も聞きますが、デジタルのよいところは、世界中の知にアクセスすることができ、いつでもどこでも学ぶことができることです。まずは、初めの一歩を踏み出していただきたいですね。

Profile

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石戸 奈々子Ishido Nanako
東京都生まれ。東京大学工学部卒業後、マサチューセッツ工科大学メディアラボ客員研究員を経て、NPO法人CANVAS、株式会社デジタルえほん、一般社団法人超教育協会等を設立、代表に就任。慶應義塾大学教授。総務省情報通信審議会委員など省庁の委員多数。NHK中央放送番組審議会委員、デジタル教科書教材協議会理事、デジタルサイネージコンソーシアム理事等を兼任。政策・メディア博士。著書に「子どもの創造力スイッチ!」、「プログラミング教育ってなに? 親が知りたい45のギモン」「デジタル教育宣言」など。これまでに開催したワークショップは 3000回、約50万人の子どもたちが参加。実行委員長をつとめる子ども創作活動の博覧会「ワークショップコレクション」は、2日間で10万人を動員する。デジタルえほん作家&一児の母としても奮闘中。