原価計算は企業活動の本質を読み解く

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苦労を糧に原価計算の本質を学ぶ

-会計に関する本を多数執筆されていますが、どのようなきっかけで会計を学ばれたのでしょうか。

私の父は優秀なビジネスマンだったのですが、私が高校2年生の時に、父が経営していた会社が人手に渡ってしまいました。この時に、法律や経済に関する知識の重要性を痛感し、書籍で「会計士は企業ドクターである」と紹介されていたのを見て、公認会計士を目指すことにしました。大学卒業後に公認会計士となり、外資系の会計事務所を経て、中堅の監査法人に入社しました。

hayashimid監査法人では、とある製造企業の担当となり、コストを可視化させる「原価計算」の仕組みを企業現場に導入する業務に取り組みました。3年かけて組別総合原価計算の仕組みを導入したのですが、経理関係者の高評価とは裏腹に製造や設計部門からは不評でした。というのも、導入した原価計算の仕組みは、生産管理やものづくりの現場の実態を把握できていなかったため、正しい製品原価の計算や、原価管理には使えないものとなっていたからでした。

そこで私は、一から原価計算と生産管理現場の勉強をやり直しました。ちょうど同じ頃に、別の中堅企業へ「原価計算」の仕組みを導入する話が持ち上がり、自分が考えた仕組みを導入したところ、年間6,000万円の赤字を出していたところを年間1億円の黒字に転換することができました。一度失敗してから勉強し直して、今度は成功できたことが本格的に原価計算に取り組むようになったきっかけです。

私が導入したロット別原価計算の仕組みは、どの工程で不能率が生じロスが出ているかを分析する「PDCAサイクル」をベースにしたものだったのですが、大手の企業でも同じような仕組みで事業展開を行っていることを知った時、自信が確信に変わりました。

企業現場がイメージできるストーリーを

-『餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか』をはじめ、簿記や会計がテーマの書籍を物語ベースで執筆なさっているのはなぜですか。51rHRLvfFlL._SY346_

原価計算のシステムを取り入れる際に、様々な専門書を読んだのですが、実務に即した内容のものが少なく、テキストには現場の臨場感がなくわかり辛いと感じました。原価計算は企業実務を舞台にしてこそ本質がわかるものだと思いますので、専門書ではなく物語をベースとした書籍を執筆しています。また、物語ベースですと読者が勉強をしている気にならないというのもポイントです。

企業とは、ものに価値を付与して提供する存在です。しかし、価値を付与するためにはコストがかかります。原価計算とは、企業が価値を付与するために行った活動のコストを可視化するために必要なものです。
例えば、毎年10億円のコストを掛けている会社が2社あり、1社は年間1億円の利益が出て、もう1社は1億円の赤字を出しているといったことがあります。それは、企業ごとにコストの使い方が違うから起こることです。原価管理というものは、製造業に限らず、あらゆる場面で必要です。明らかになっていないコストの内訳を可視化することで、より利益を生み出す分野へコストを重点的にかけていくことが重要です。

すべての人が会計知識を持つ社会へ

-林先生が考える会計と企業の関係を教えて下さい。

企業活動の向上を目指す上で、経理に携わる方の使命は重大です。会計情報をつくる経理の担当者は、「何が問題か」を常に把握し、経営者の参謀として、経営陣と一緒に利益管理に寄与することこそミッションであると考えています。

もちろん経理の担当者だけではなく、経営者や営業の担当者等、すべての部門の方が会計に関する知識を持っていなければいけません。例えば、営業担当者が営業先で見積もりを出した際に、会計に関する知識がない中で過当に値下げを行った結果、赤字になってしまうという事例も珍しいことではありません。複式簿記の考え方や原価計算の考え方、広く言えば会計がわかっていれば、資金に関する大まかな流れがつかめるので、こうしたことが起きる可能性は低くなります。企業内で会計知識を共有していける会社は伸びていくでしょう。

-簿記・会計を勉強されている方へメッセージをお願いします。

簿記や会計を勉強すると、見えないものが見えるようになってきます。また、家計でも正しい会計知識がないと、困ることがあります。企業も家庭も一定のお金がないと満足した生活はできません。とはいえ、使えるお金には限度がありますから、一定の資金の中で、価値あるものへの投資を行うコントロールが必要です。それは管理会計の勉強を通じて価値観が養われるものです。「会計知識を身につければ何が見えるようになるのか」を考えながら勉強することをおすすめします。

Profile

hayashiprof林 總Hayashi Atsumu
1951年愛知県生まれ。1974年、中央大学商学部卒業。外資系会計事務所、監査法人勤務を経て独立。国内外でビジネスコンサル、管理会計システム導入コンサルのほか、講演、執筆、実務家向けセミナー、大学で実践管理会計の講義を行っている。2006年に出版された30万部突破の『餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか』をはじめ、『会計は一粒のチョコレートの中に』、『ドラッカーと会計の話をしよう』『正しい家計管理』など会計関連の著書多数。明治大学専門職大学院会計専門職研究科特任教授。公認会計士。