リーダーこそ会計の基礎知識が必要

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新たな学習方法を提唱

-会計の基本を学ぶことの重要性を強調していますね。

自分自身が最初に会計を学び始めた頃は、理解の遅い生徒だったと思います。分からないことだらけでした。例えば、企業会計原則(※)注解18は「引当金」について「将来の特定の費用又は損失であって~」という言葉から始まっています。これを読んだ時「結局将来の費用なのか当期の費用なのか、どっちなのか?」「そもそも費用の定義は何か?」「『特定の』ということは理論的に導かれるものではなく政策的なものに過ぎないのか?」など、分からないことだらけでした。その答えは当時の自分の手元教材ではどこにも書いていないし、他人に相談しても「そういうものだと思って覚えてしまえ」といわれるのがオチでした。会計以外の商法や経済学、経営学などは何の問題もなかったのですが、なぜ会計だけが「分からないまま他の人は学習が進んでいく」のか、不思議でした。(※)1949年に大蔵省企業会計審議会が定め、その後、改正が重ねられた、日本の会計の中心的規範。

いま、企業の経営者や管理職は、「会社からいくらの資産を預かり、それを投資し、リスクに見合うためにはどれだけの利益を挙げなければならないか」を判断すべき立場にいます。リスクに見合う投資利益率です。でも、実際には、「自分の部門が1円でも儲けを出せば会社に貢献している」などと誤解している方が少なくありません。その背景は、会計の基本が分かっていないからです。大人が頭で理解しようとしても分からない。「会計とはそういうものと思ってください」などといわれる。結局分かったふりをするか、あきらめて遠ざかるか、になります。いま日本企業のROEが低いなどと問題になっていますが、投資利益率の本当の意味が分かっている人は少ないです。その原因は会計の従来の教え方にありました。いま私は、一人でも多くの方に会計の基本的な知識を身に付けていただくため、企業の社員研修や、著書を通じて、これまでとは違う学習方法を提唱しています。

ビジネスマンには簡潔で論理的な説明を

-具体的にはどのよう方法ですか。

ごく短期間で会計の基本を正確に理解するために「BSアプローチ」という方法を提唱しています。会計用語として「資産負債アプローチ」という言葉があるのですが、これを会計入門教育に応用した教育アプローチのことです。この方法は会計用語としての資産と負債を定義し、その差額として資本をとらえ、資本の一部の増減として収益と費用を説明するという方法です。やってみると分かりますが、資産と負債の定義さえ分かれば会計全体が分かったも同然となります。しかも資産が分かったら負債、と一歩一歩確認しながら学べます。この方法なら一日で基本的な知識を「すっきりと」「きちんと」学ぶことができます。欧米などではもう主流になっている教え方です。日本では最近になって一部に採用されてきたようです。

これに対し従来型の教え方は、収益と費用、そして両者の差額である利益に着目して、ある期間の損益を計算することを主眼として説明します。日本では、明治時代以来、私を含め、多くの人がこの方法で会計を学んできました。貸倒引当金を例にすると、このアプローチでは、しばしば「貸付金の将来の貸し倒れに備えて積み立てておくお金」と説明されます。その趣旨は、「実際に貸し倒れた時ではなく、貸倒れになるに違いない、と判明した年度に費用として処理したい」「それに伴って貸方に貸倒引当金を計上する」ということでしょう。でも、これでは、「費用とは、収益を獲得するための犠牲である」「収益とは、その事業年度における企業活動の努力の成果である」と抽象的な定義を説明し、さらに、具体的な資産と負債の動きの例を示さないと相手に伝わりません。結局、資産・負債・資本・収益・費用のすべてを動員しないと何一つ説明できません。それが無理だから「そういうものと思って慣れてください」となるのです。

一方、BSアプローチなら、「貸倒引当金の分だけ資産である貸付金の価値が減ったんです。」で話は終わりです。実際に実在する資産と負債の動きですべてが説明でき、収益や費用は説明書きに過ぎないと教わります。従来型のアプローチも経理のプロを養成するうえでは大いに意義がありました。処理の迅速性と正確性の技術を問う簿記検定は今後も不滅と思います。しかし経理のプロではない、一般のビジネスマンにとってはBSアプローチが有効です。大人は野球の1000本ノックのような特訓ではなく、定義と論理によって短時間で学ぶことが必要です。

論理を優先する会社の上層部の人ほど会計を学ぼうとせず、結果として職務を果たせてない場合があります。経営者であれば、専門的な話は専門家から説明を受ければいいのです。ただ、経営者として、基本については誰よりも完全に理解する必要があります。

短期で学べて生涯役立つ

-ビジネスの世界で働く方々にメッセージをお願いします。

たとえ会計の部門に所属していなくても、会計の基本知識は決して欠かせません。「わかっているふり」は危険です。一人でも多くの方が会計の基礎を学び、投資をしてリスクに見合った利益を獲得することを願ってやみません。

一旦理解が出来たら、知識を定着させるために、日商簿記検定を活用するのはお勧めです。学んだことをビジネスに活かすには、出題パターンに応じた学習で検定に合格するのではなく、簿記、会計のしくみを「わかった」うえで、その定着度合いを確認すべきです。論理的に学べば、理解するための時間は短くてすみ、身に付いた知識は生涯役に立ちます。特に、平成29年度から始まる日商簿記初級は、業種・職種に関わらず、ビジネスパーソンに必須の知識を学ぶということなので、効果が期待できます。

Profile

吉成 英紀 Yoshinari Hideki
1964年、大分県生まれ。慶應義塾大学商学部卒業。1987年、アーサーアンダーセン事務所(英和監査法人、現あずさ監査法人)入所。1994年、独立。吉成コンサルティング代表取締役。中央大学経理研究所専門講座講師。
2014年、「世界のエリートがやっている会計の新しい教科書」(日本経済新聞出版社)刊行。株式会社インプレッション・ラーニング主催の会計入門研修において、同書で紹介した「BSアプローチ」に基づいて解説。