経営判断には実務経験に加え簿記が不可欠

挫折をバネに学んだ簿記が経営に貢献

-どのようなきっかけで簿記を学ばれたのですか。

大学では経営学部で会計学を専攻しました。いずれは父親が経営する会社(カタログ販売の株式会社ベルーナ)で働くこともあるのかなぁと考えてのことです。講義は理論が中心で演習がなかったためなかなか理解が進まず、困っていた友人達と相談し、せっかくなら実務を学べて履歴書にも書ける日商簿記3級の検定試験を、と友人6人と一緒に受けたのが簿記との本格的な出会いでした。ところが、結果は私だけが不合格。一生忘れられない挫折と屈辱を味わいましたが、今思えばよい挫折であったと思います。この悔しさがバネになり、簿記に本気で向き合ったのですが、2級の勉強中だったか、漠然ととらえていた企業の活動が急に見えた気がする瞬間があって、それからは簿記の勉強が楽しくなったのです。

社会人になると、簿記が実務とつながって理解が深まりました。ビジネスでは、実務の経験に加え簿記などの知識が欠かせません。例えば、簿記には貸倒引当金を設定する問題があります。実務では、「商品を掛けで販売、売上債権として認識、引当金を設定、債権を回収、未回収の債権を督促、最悪の場合は回収できず貸倒れ」という流れになります。引当金は貸し倒れた実績額をもとに算出し、商品の特徴や顧客の特性、売上債権の残高を管理する与信管理力、債権回収のしくみなどで決まります。学生時代は計算方法と仕分ばっかり頭に入っていましたが「なるほど、設問の背景にはさまざまな事柄があり、それを表現する技法が簿記で、そんな便利なものを勉強していたのか」と強い衝撃を覚えたものです。

財務諸表には企業経営の情報が満載

-どのような時に簿記の重要性を感じますか。DSC00504

ビジネスのあらゆる場面です。例えば、企業の財政状態を理解するために貸借対照表を見ますが、ある程度業界に精通してくると、この会社はこうなっているはずだ、と想像できます。実際の数字が想像と乖離していれば何か問題があると気付けます。簿記の構造を理解していれば、知りたい情報がどこにあるかを把握できるので、問題に気付く、原因を探す、対処する、というサイクルが早く機能します。極端な例ですが、買収検討時は財務的および簿記的知識を総動員し、限られた時間で情報を掌握しなければなりません。買収先企業の損益計算書を見て収益構造からアタリを付けた後、貸借対照表を見て違和感がないかを確認します。「この売上規模の会社でこの売掛金は多過ぎるのでは?」など、気になるところがあれば総勘定元帳で個々の取引を見て、どこに問題があるかを確かめます。財務分析だけでも問題に気付くことはできますが、原因を特定させるには、勘定科目がどのように集積されたかを構造的に理解する簿記が役に立ちます。

社員に身に付けてほしい簿記のスキル

-社内で簿記学習を勧めていると伺いました。

簿記を学び財務の構造的な背景を理解すれば、見たい視点で財務諸表をとらえることができ、行動の選択肢が広がって、取るべき行動が変わります。社会人として「上」を目指すのであれば簿記は必須のスキルです。社員にも積極的に学ぶよう呼びかけていて、私自身、以前は部下に簿記を教えていました。

簿記は「財務の窓口」

財務諸表は、経営者、投資家、銀行、顧客、取引先、社員、行政機関などが、それぞれの目的で見るため、非常に多くの情報が載っていて、理解が難解な代物になってしまいます。財務分析を勉強して必要な部分だけ体得することもできますが、簿記を通じて、勘定科目が計算される仕組みを構造的に理解していれば、分析方法を記憶しなくとも必要な情報だけ選んで計算できます。
例えば、銀行に融資を依頼する際、債権の回収や保全を評価するのに役立つ点も認識して説明すると話がスムーズになります。会社側がそういった情報を理解していることも安心材料になるはずです。また、取引先には将来の取引拡大といった魅力だけではなく、支払い条件や信用状況など取引をしても問題ないと感じてもらえる情報も提供します。相手に応じて変わりますが、財務諸表のどこの情報が有益かを構造的に知っていればその場で計算して表現できます。簿記はいわば財務の窓口です。財務諸表を利用する目的はさまざまでも、簿記で共通する原理原則を学べば応用が効くのです。社会人や、人や組織を導く立場を目指す人には、ぜひ簿記を勉強することをお勧めします。

Profile

安野 雄一朗 Yasuno Yuichiro
1976年、埼玉県生まれ。1999年、横浜国立大学経営学部会計・情報学科卒。2001年、横浜国立大学大学院国際社会科学研究科博士課程前期修了。国際証券株式会社(現三菱UFJモルガンスタンレー証券株式会社)を経て2004年、カタログ通販最大手の一つ株式会社ベルーナ入社。2010年、上尾商工会議所常議員。