理系人材こそ簿記を学ぶべき

岡部洋一さん

会社設立で簿記が必要に

-電子工学の研究者である岡部先生が、なぜ簿記を学んだのですか。

研究者になるまで、簿記を勉強する機会はありませんでした。ただ、学会で会計報告の資料をよく目にしました。その時、「貸借対照表で、資本は、なぜ資産ではなく負債の側に記載されるのか?」といった素朴な疑問を持ちました。当時の私のように、会計の資料の読み方がわからなくて困っている方は、大勢いらっしゃるのではないでしょうか。特に、理系の人間は理詰めで考える人が多いので、ある部分で「なぜそうなるのか」が納得できないと、次の段階に進みづらいのです。
その後、勤務していた東京大学先端科学技術研究センターが、知財を提供する会社などを設立しました。当時、大学は株式を保有できなかったので、私をはじめ教員が株主になりました。自ら出資して会社を設立し、財務諸表を理解する必要が生じたので、簿記を学んだのです。

簿記の重要性を発信

-簿記に関する本も出されたのですね。

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学んだことを自分のホームページに掲載しました。「なぜ」と思ったことについて、テキストを読んでもピンとこない。そのため自分でたどり着いた答えを書き込みました。
誰かに見てもらうため、というより備忘録のつもりだったのですが、「役に立った」というコメントを多数お寄せいただいたため、本(※)にしました。
私が書いたものに関心を持った方は、理系の人が多いのではないかと思います。最初にいただいたコメントも、かつて理系で学んだ中小企業の経営者の方からでした。理系の人間は、主に研究や技術に関心が向いています。はじめから簿記に関心がある人はまずいないと思います。しかし、実際には、経営者など簿記を必要とする人は、理系で学んだ方にも大勢いるはずです。
(※)『素人が書いた複式簿記』。2015年3月現在、同書は販売されていないが、その内容は岡部学長のホームページから参照可能。http://www.moge.org/okabe/temp/balance.pdf

東大工学部の学生に講義

-「簿記は文系の人が勉強すべきもの」と思っている方が多いようです。

理系で学ぶ人こそ、簿記を学ぶべきだと思います。理由は2つあります。
一つ目は、自分の仕事と会社経営との関係がわかるからです。卒業後、企業で研究開発、商品開発をする人が大勢います。彼ら、彼女らは、「なぜ、会社は私が開発する製品を商品化しないのか」といった疑問を抱く場合があります。もし簿記を学んでいれば、自分の会社の財務状況を理解し、会社の利益の最大化のためにはどうすべきかがわかって、自分の仕事との関係も見えるはずです。
二つ目の理由は、簿記のシステムが非常にしっかりしているからです。いったん理屈がわかれば、理系の人間には大変わかりやすい仕組みです。
東京大学の工学部電気系学科では、毎年、名誉教授が、大学4四年生全員、百数十人に講義をする機会があります。他の先生が専門分野の話をする中、私は毎回、簿記の話をしています。
「君たち、簿記なんて自分には関係ないと思っているだろう。でも、知っているのと知らないのとでは大違いだよ」と。体験を交えながら、会社が資金の面から見てどのように成り立っているか、あるいは日経新聞の内容がより深く理解できるようになったこと、などを話しています。
学生の中には、技術を活かしてベンチャー企業を立ち上げたり、組織の長となる人間も多いでしょう。その時、周囲に会計の知識がある人材がいるとは限りません。理系の人間にとっても、簿記は必ず必要な知識です。

Profile

okabe_03岡部 洋一 Okabe Yoichi
1943年、東京都生まれ。東京大学博士課程修了。1972年、工学博士。1989年、東京大学工学部電子工学科教授。2011年、放送大学長。
専門は超伝導エレクトロニクス、生体磁気、ニューラルネットワークス(脳をモデル化することで新しい情報処理モデルを構築しようという枠組み)。