変化の激しい時代に必要なのは「仲間の力」

マネジメントとスポーツ、2つの領域での経験
- これまでの歩みについて教えてください。大学教授に着任されてからはどのような研究に取り組んでこられたのでしょうか。
東京大学で修士まで学び、三菱総合研究所に入社しました。退職する直前の10年ほどは経営コンサルタント部門を率いていました。そのような仕事をしていた縁で、1999年からJリーグの初代経営諮問委員長に就任して、経営危機に陥ったクラブの救済にあたりました。
その活動のなかで、スポーツ業界の方々が「お金の勘定ができない、苦手だ」ということに気づきました。そこで、当時早稲田大学に新しくつくられたスポーツ科学学術院で、スポーツとマネジメントを掛け合わせた「スポーツマネジメント」や「スポーツファイナンス」を教えることになりました。
私自身、大学に移ってから学位を取りましたが、学位論文のテーマは「大相撲」でした。日本相撲協会は公益法人なので様々なデータが公開されており、「年寄名跡の継承」や「地方巡業のビジネスモデルの変遷」「日本相撲協会の経営の安定とその要因」などについて論文を執筆しました。
今年(2026年)の3月で大学は退職し、現在は日経ビジネススクールでセミナーを行ったり、「相撲の神事性」について研究を続けたりしています。
経営者の課題を整理し、「仲間」の力で解決に導く
- 現在も日経セミナーで講演をされたり、企業や団体の役員や顧問を務められたりしていますが、今、経営者の方々からはどのような相談をうけることが多いのでしょうか。
「課題はこれだ!」という話ではなく、そもそも会社や個人が抱えている悩みが何かというのが整理されていない状況でお話に来られることが多いです。経営者というのは、その組織の中で一番偉いので、相談相手がいない場合が多いです。そのため、私は相手にじっくりと話してもらうようにしています。話をしているうちに、ご自身で徐々に自分が今まで何をしてきたのか、何に悩んでいるのか、ということに気づくみたいですね。
私が彼らから見て役立つところは何かというと、想像していなかったような質問を投げかけることらしいです。そして、その経営者や会社の「問題点」ではなく、「長所」を見つけて差し上げる。「こういう優れたところがあるから、今までやってこられたのですね」というアプローチですね。だから、アドバイスする際には、相手が話している時間が7~8割ぐらいのバランスになります。
- なかなか状況が改善せず困っている会社には、共通する原因があるのでしょうか。また、先生が「再生の第一歩」として真っ先にアドバイスされることは何ですか。
本当に困っている会社を再生する力は、私一人にはありません。大事なのは、「仲間の力」を引き出すことです。Jリーグのクラブを救済した際も、地元企業や自治体など、一緒になって解決方法を考え、実行してくれる仲間を束ねることが重要でした。 特に中堅以下の会社では、仲間を増やすこと、そして困った際に相談できるような、仲良くなる仕組みを作ることがとても大切です。
著書の『財閥のマネジメント史』でも書きましたが、なぜ未だに財閥系の企業はこんなに巨大で日本の中心にいるところが多いのかというと、実はその三菱系なら三菱系、三井系なら三井系、グループの中で仲が良いからです。先ほども触れたように社長というのは孤独ですから、困ったことを互いに相談できる相手として、旧財閥の企業集団が機能しているのです。
みんなが一斉に学ばない時代。「集合知」を機能させるために必要なこと
-「変化の激しい時代」で、個人や会社が変化に対応していくためにはどのようなスキルや能力、心構えが必要だと思われますか。
これからは「独学の時代」です。会社が知識を与えてくれる時代は終わり、Webやテキストなどで自ら情報を入手して勉強できる環境が整っています。皆が一斉に同じことを学ぶわけではないため、一人ひとりが持つ知識の多様性が高まり、それが「集合知」となります。その集合知が機能するためには、それぞれが自分の意見を持ち、主張できる環境が大切です。決して、付和雷同君、付和雷同さんの集まりになってはいけません。お互いを助け合いつつ、自分の意見を主張できる環境を作り出すためには「仲の良さ」が欠かせません。
PLではなく、BSで考える重要性
- 日商の「簿記検定」と、先生が常務理事を務められている日本FP協会が認定する「CFP®・AFP資格」。お金に関わるこの2つの資格について、その役割の違いや両方を知っていることで生まれる相乗効果を教えてください。

会社においてはPL(損益計算書)だけではなく、BS(貸借対照表)で考えることの重要性が高まっています。現在、市場では長期金利が上昇傾向にあります。もちろん売上を伸ばすことも大事ですが、それ以上に運転資本の管理が重要です。事業を拡大した際に運転資金がネックになって資金ショートしてしまうことのないよう、中小企業の経営者こそBSを理解することが重要です。これは個人の家計でも同じです。
給与という収入(PL)だけでなく、住宅ローンの負債や資産価値の変動といったご自身の家のバランスシート(BS)を理解していないと、ファイナンシャルプランニングはできません。簿記にしてもFPにしても、バランスシートで考えるということは、しっかりと勉強して知識を身につけなければできないことだと思います。
余談ですが、私がセミナーで参加者の皆さんにする問いかけがあります。「なぜ日の出と日の入りがある地球に暮らしているのに、地球が太陽の周りを回っていると分かっているのか知っていますか」と。答えは学校で「習ったから」です。直感の世界では、太陽が地球の周りを回っているように感じられるのに、そうではないと分かるのはみんな習ったからです。同様に、バランスシート(BS)で考えるということは、直感だけでは身に付かず、習わないとできないことです。なので、勉強してください、とお話しているのです。
会計の知識は「会社の未来」と「自身の家計」を考えるための武器になる
- 今、簿記やFPを学んでいる方や、これから社会に出る若い世代に向けてメッセージをお願いします。
簿記が分かると決算が理解できるようになります。それはつまり、決算を意識して予算が作れる、ひいては「会社の未来を考えられる」ということになります。単に数字の答え合わせをする世界とは違います。簿記が分かれば、自分のいる会社や他社のことが理解できるようになりますし、FPの知識があれば、自分の家計がどんな状態かが分かるようになります。
人によって持っている知識は異なりますから、ご自身が学んで形成した知識で誰かに貢献できれば、きっと人の役に立つことができるはずです。
Profile
武藤 泰明 Muto Yasuaki
1955年広島県生まれ。1980年、東京大学大学院修士課程修了。同年、株式会社三菱総合研究所入社。2006年、早稲田大学教授。2026年、同大学名誉教授。公益社団法人日本プロサッカーリーグ経営諮問委員長、笹川スポーツ財団スポーツ政策研究所所長、特定非営利活動法人日本ファイナンシャル・プランナーズ協会常務理事などを歴任。著書に『プロスポーツクラブのマネジメント』『マネジメントの文明史』『財閥のマネジメント史』など多数。

