簿記は会社経営のパートナー

会社の真の姿を見るために簿記が必要

-簿記は会社経営のどのような面で役に立っていますか。

簿記の仕組みを初めて見た時は「なぜ、こんなことをするのだろう」と思っていました。学ぶきっかけは「稲盛和夫の実学」を読んだことです。経営者である稲盛さんが、「採算の向上」、「ダブルチェック」、さらには「資産か費用か」など簿記に直接かかわる内容まで、驚くほど詳しく述べておられます。

私はこの本から「会社の真の姿」、つまり実態がわからなければ、経営は怖くてできない、ということを学びました。人間で言えば、朝起きた時の「気分」だけではなく、体温を測らなければ正確な健康状態はわからないですよね。大切なことは、実態をいかに正しく表すか、です。会社の状態が悪い時には、それが数字にも反映されているはずです。そこで、簿記の出番です。会社の真の姿を表すためにあるのが簿記であり、そのことを知ったうえで簿記を学び、使うと、経営にとても有効に働きます。

わが社のビジネスで言うと、最近は、パッケージソフトよりもクラウド・サービス(※1)の売り上げの割合が大きくなっています。前者は、12月に売り上げると当期の収益になりますが、後者は、お客様のお支払いが翌月からなので、当期の収益には計上されません。でも、必ず収益が生まれ費用も発生するので、これらを勘案しないと経営判断を間違いかねません。そのため、わが社では、基本的な簿記だけではなく、それを応用して独自の指標を使い「真の姿」を表しています。
(※1)従来は利用者が手元のコンピュータで利用していたデータやソフトウェアを、ネットワーク経由で利用者に提供するサービス

こうした取り組みは企業の競争力の源泉でもあります。簿記は、会社という船を安全に目的地に運ぶために活用すべきものなのです。例えば、交通費ひとつとっても、金額だけではなく、たくさん使っている人の売り上げが大きいのか、といった分析をすることで、新しい意思決定につながるかもしれません。簿記は、あらゆる活動をお金という軸に換算して表現してくれますから、管理職であれば必ず学んで欲しい知識です。

簿記は経営判断の要

-会社を設立する時に、どのような点を重視していましたか。

金銭感覚が少ないために苦労している方をたくさん見てきました。
大事な資金は「お金を産むところ」に投じる必要があります。ところが、「どうしてそこに△△円も使うの?」と疑問に思う場合がよくあります。逆に、会社が成長しているのに、慎重になり過ぎている経営者の方も見かけます。船が大きくなったことを理解せず、財政状態が良いのに経費を抑え過ぎると、商機を逃してしまいます。

会計によって数字を押さえていれば、どれだけリスクを取れるかが明確になります。現金と自社株で50億円あれば、5億円の勝負は大したことはないが、20億円の投資であればちょっとビビる。50億円の案件は、絶対的な勝算がなければ手がけない、といった具合です。

サイボウズを開業した時は、まだ世の中に出回っていないグループウエア(※2)を売るために、まず「グループウエアとは何か」を知っていただくことが最も重要でした。そのため、最初の3年間は売上の半分を広告宣伝費に充てる一方で、松山市内のマンションの一室を事務所兼社員の住居とするなど、他の支出は徹底的にケチりました。
(※2)企業や組織内の情報共有やコミュニケーションを支援するソフトウェア
会社経営では、真の姿を把握し、身の丈に合った投資をすることが大事です。そのため経営者は、簿記を基礎として、数字を頭に入れて自問自答すべきだと思います。

簿記とITとの相性は抜群

-ITを主体とする企業にとって、簿記はどのような点で重要ですか。

簿記が扱うのは数字(データ)ですから、ITとの相性は非常によくて、会社の真の姿を、いろいろな角度からリアルタイムで分析することにつながっています。例えば、わが社では日次で売上を確認できるので、月の途中で戦略を変更できる、といった具合です。

簿記は、ITを活用することで、会社の「真の姿」を明らかにし、戦略に活かすクリエィティブな事業を支えています。さまざまな経営指標の基本は簿記であり、簿記は、経営者が意思決定をする時に、お金の観点で間違いのない判断をするための、いわばパートナーなのです。

Profile

青野 慶久 Aono Yoshihisa
1971年愛媛県生まれ。大阪大学工学部卒業後、松下電工株式会社(現パナソニック株式会社)入社。1997年サイボウズ株式会社を愛媛県松山市に設立、取締役副社長に就任。マーケティング担当としてWebグループウェア市場を切り開く。その後、新商品のプロダクトマネージャーとしてビジネスを立ち上げ、事業企画室担当、海外事業担当を務める。2005年4月に代表取締役社長に就任。2010年および2012年育児休業取得。政府の「輝く女性の活躍を加速する男性リーダーの会 行動宣言」策定メンバー。