社長!経営には簿記が必要です

簿記は全体像から学ぼう

-いつ頃、簿記を学びましたか。

祖父が税理士だったので興味があったのと、数字やパソコンを使う仕事で独立したい、という気持ちが強かったので税理士の道を選びました。大学は経営学部に進み、そこで初めて簿記を学びました。数学が得意なので簿記もできると思っていたのですが、そうではありませんでした。「借方と貸方」と言われてもピンとこず、3級の検定試験は不合格で、その後、勉強し直して2級に合格しました。

今思うと、簿記の勉強は、仕訳からではなく、損益計算書(P/L)や貸借対照表(B/S)を作るという簿記の全体像から学ぶべきでした。顧問先の社長さんにお話しする時も、まず、財務諸表の概要を説明し、そのうえで、最低限の簿記の知識を持っていただくようにしています。

社長は仕訳の体験を

-著書の中で「経営者にとって簿記の知識は必要」とおっしゃっています。

本のタイトルは『社長!「経理」がわからないと、あなたの会社潰れますよ!』ですが、この本で一番言い51CW6aD4vjL._SX344_BO1,204,203,200_たかったことは、「経営者には最低限の簿記の知識が必要」ということです。ただ、書き出しから借方、貸方といった言葉が並ぶと読者が混乱しかねません。そこで、まず、社長さんに自社のP/LやB/Sの見方を理解していただき、その次に簿記が重要だというお話を入れました。

経営には実務経験と理屈の両方が必要です。社長さんは、実務の経験は当然お持ちですが、後者は必ずしもそうではありません。例えば、借入金の返済は、しばしば費用と勘違いされます。確かに現金や預金は減りますが、借りたお金を返したのであって費用ではありません。簿記を学んでいないと、この理屈がわかりづらいと思います。同様に、源泉所得税は会社が預かっているお金で、負債であって費用ではなく、P/Lには反映されないのですが、費用と勘違いしがちです。

ベテランの社長さんでも、経営と会計の数字は「別物」と考えている方が多く見受けられます。社長さんはP/LやB/Sを見る立場なので、それらが一つ一つの取引の積み重ねであることは実感しづらいからでしょう。それを補うのが簿記です。社会がなぜ現在の状況になったかを知るには、歴史を学ぶことが必要です。同じように、財務諸表がなぜその数字になったかを知るには簿記の知識が必要なのです。

例えば社長さんが本を購入したとします。社員の方にレシートを渡せば、会計処理をしてくれるでしょう。でも、私は、社長が自ら仕訳を体験することをお勧めしています。それによって、個別の取引が財務諸表にどう反映するかが理解できるようになるからです。簿記を理解できれば、「利益が出ているのになぜお金が残らないのか」「なぜ在庫が増えすぎると資金繰りが苦しくなるのか」「金融機関が決算書のどこを評価してくれるのか」などがわかるようになります。

また、簿記を学ぶ時は、自社の財務諸表を素材にするのが一番で、わざわざ他社の数字で学ぶ必要はありません。自社の財務諸表と簿記の知識、それにパソコンがあれば、社長自身の中で、経営と会計が結びついてきます。

ベテラン社長ほど学ぶ価値あり

-どうしたら経営者の方々に簿記の重要性を実感していただけるでしょうか。

経営者ino-midの皆さんは、P/LやB/Sを見る時に、売り上げや仕入れの数字には強い関心をお持ちです。ところが、費用をはじめ他の数字が変化しても、対応しない方が少なくありません。「わからないから追求しない」のかもしれません。

私が著書で申しあげたかったのは、財務諸表の数字ではなく、取引に伴う「生きたお金」と、簿記を結びつけることです。社長さんには、個々の取引が損益計算書や貸借対照表に反映されることを、意識していない方が多いと思います。仕訳を一つ入力すると、「P/LやB/Sのどこが変わるか」がわかるような仕組みがあるといいですね。

社長さんは、長年の経験に基づく勘によって、会計上の数字の誤りに気付くことがあります。逆に、数字によって、社長の間違いが判明する場合もあります。売上と粗利なら勘が働くことがありますが、経費をはじめ、他の数字は、勘だけでは難しいと思います。また、歴史が長い会社ほど、自社の会計を分析することで、なぜ現在の状況に至ったのかが見えてきます。これからも、社長のビジネス感覚と会計上の数字が一致するよう、お手伝いしたいと思います。

Profile

ino-prof井ノ上 陽一 Inoue Yoichi
1972年、大阪府生まれ。大学在学中に日商簿記2級取得。総務省勤務を経て2003年、税理士試験合格。携帯電話会社、税理士事務所勤務を経て2007年、税理士として独立開業。同年、株式会社タイムコンサルティング設立。簿記や決算書に関する勉強会を開催するとともに、『社長!「経理」がわからないと、あなたの会社潰れますよ!』をはじめ著書多数。