仕事の意味は簿記でわかる

学問への道を開いた恩師のひとこと

-簿記会計の学問の道を一筋に進んでこられた印象があります。

中学校を卒業し、家業を継ぐつもりで商業高校に進学しました。当時、商業高校では簿記と算盤が特に重要だと思い、この二つに力を注いだ結果、一年生で簿記 1級に合格し、算盤も県大会に出場しました。日本に公認会計士の制度が誕生して間もない頃で、簿記の先生から「これからの時代は会計士が重要な役割を果たす」と言われたのです。このひとことがきっかけで大学に進学することになり、商学部に入って公認会計士を目指し、私を含む高校の同級生が3人、公認会計士になりました。

大学4年生の時に公認会計士試験に合格したのですが、その時は、弁護士を目指して法学部に学士入学しようと考え、ゼミの先生に相談しました。先生からは「今までせっかく勉強したのだから、大学に残って会計の勉強をしないか」と言われ、大学院で学び学校に残ることになったのです。決して最初から学者になろうと思っていたわけではないんです(笑)。

仕訳に始まり仕訳に終わる

-学生時代に簿記を学ぶと、社会に出た時にどのように役立ちますか。

簿記の特徴は「取引は借方と貸方の二つの面を持っている」「借方と貸方の金額は必ず一致する」ことに集約されます。そのため、私はよく「簿記は仕訳に始まり仕訳に終わる」と言っています。仕訳ができるようになれば、あとはルールにしたがって貸借対照表や損益計算書をつくるだけです。

あらゆる経済活動は数字で表されて、仕訳により借方と貸方の二つの面で表すことによって、その内容が明らかになります。つまり、簿記を学ぶことで経済の本質を知ることができる、こうした点に私は魅力を感じました。簿記や会計は現代社会で生きるうえで必須の知識です。決して経理部門で働く人だけのものではありません。自分の勤務先や顧客企業など、企業の経営状態は数字に集約されるので、簿記で学んだ知識を活かして、企業の現状を全体的につかむことができます。その結果、勤務先での自分の仕事の方向性も把握できて、いまやっている仕事にどのような意味があるのかがわかって、意欲が向上し、キャリアアップにつながるのだと思います。

決算書のポイントは当期利益と現預金の増減

社会人にとって、簿記の知識を役立てる具体的な方法を一つあげるとすれば、決算書のうち当期の利益と、キャッシュフロー計算書の末尾にある現預金の増減結果に注目し、前期の数字と比べたり、同業他社の数字と比べて分析することです。経営者であれば、自社の決算書を見て、「前期と比べて利益は増加しているが現預金は減少している」と判明したら、なぜそうなっているか、理由を考えることが、これから先の経営をどうするか、の出発点になります。
会社員であれば、自分の仕事が勤務先の企業にとってどのような意味を持つかが見えてきて、やる気のアップにつながります。

手書きで反復練習することで合格が見えてくる

-簿記の勉強を、途中であきらめないで続けるコツを教えていただけますか。

とにかく、自分の手で書くことが重要です。教科書を読んだだけでわかった気になっている人が多いのですが、それではすぐに忘れてしまいます。簿記は暗記科目ではなく、「書いて理解する」ことが大事です。考え方を本当に理解していれば「忘れてしまい問題が解けない」ということはりません。

また、精算表の作成など大きな問題は、時間を計って解いてみて、後日、もう一度、時間を計って解いてみることです。2回目に時間が短縮できれば、それだけその分野の理解が進んだことになりますし、同じ間違いを繰り返した場合はそこが苦手なところなので、そこを集中的に勉強する。もう一つは問題文をよく読むことです。こうした努力を惜しまず、繰り返すことで合格への道が見えてきます。公認会計士試験に向けた指導をする時も、同じことを言ってきました。

Profile

prof_watabe渡部 裕亘Watabe Yasunobu
1938年、福島県生まれ。1960年、中央大学商学部卒。大学4年次に公認会計士試験に合格。中央大学助手、専任講師、助教授を経て、1977年、教授、2008年、名誉教授。著書に『簿記演習-勘定科目論-』『簿記と仕訳』など。